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火打石を鳴らしながらKNOBさんご登場。
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KNOB(ノブ)〜木と石の響き〜 7月 17日tue.@スイートベイジルSTB139
出演:KNOB 塩入俊哉 楯 直己
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カチカチッ
このようなオープニングは初めてでも神社等での演奏活動がHPにありましたので、儀式なのかしらと珍しげに見る私に、カチッカチッの高い音が邪念を取り払っていく静やかな音色で響きました。
1.黎明  KNOBさんのソロです。
吹かれるスタイルはチラシの写真です。
初めて耳に届いた瞬間は、怖い!原始的と思われる音は、お坊さん達が一斉にお経を唱え始める読経のようでもあり、獣の遠吠えのようでもあり(失礼な表現ですみません読んでくださる方にもわかっていただだきたいと身近な表現です)体感(です)した事のない低音域の深いダークな音にぶっとびました。しかも息継ぎもなく(どうやって繋げているのかはわかりませぬが)テンポもまったくわからないのでブラックホールへ巻かれていくような恐怖さえ覚えた。
でも単音と聴いていた真っすぐな低音が次第にホーミーの如く倍音で広がっていく。また、ドゥイっぶいドゥイっとリズムが刻まれている音へも変化している!意図的に操ることができるのと耳が捉えれば怖い〜はふっとび、未知であった個性ある音色にはどのような音響を追求する世界が待っているのかとわくわくに変わっていました。
やがてブラックホールの渦が静かに息を潜めて曲は終わる。
単音が太い電流となって全身を貫きました。あぁびっくりしたぁ。
まさに私の黎明を聴いた。
まずディジュリドゥという原始の音を体感し、このステージからKNOBさんの新しい夜明けが開けていく合図の音色(後で思えば挑戦への火ぶたが切られた音)でもあると。
そして塩入さんと楯さんご登場。わぁい!

2.からは自然界のエレメントを三人の音で表現します。木、水、火はステージバックのスクリーンに田淵俊彦氏が撮影された世界のいのち、風景、自然、暮す人々の姿が映りだされました。年月を費やされての映像と思います。簡潔にしかかけず申し訳ないです。

木〜〜Rainforest〜KNOB
単純に森林の映像をイメージしていた私に、スクリーンに映し出された風景はチベット山脈?木も育たない高地。厳寒の砂地。
コンコンと打つ木の音にディジュリドゥの最初に聴いた原始の調べが寒々とした砂山へ命の鼓動を強く吹き込む春の生命の響きに変わっていきました。
シンセの煌めく音色が人々の澄んだ目を照らし笑顔を招く、遊牧民の羊飼いがホーミーをディジュリドゥが歌っている錯覚で聴いた。生活とすんなり相まっていく。
そして山脈の雪が(万年雪かも(^^ゞですが)融けて水となり流れ勢いよく流れおちる。
水〜Water Reflection〜塩入俊哉
水は草木を育み、森林を生む。小鳥がさえずり、ピアノソロが樹木の葉からしずくがこぼれ落ちる音、涼やかな空気をも感じる音の妙に森林の隙間から溢れる光が水滴に反映する美しく細やかな音色で集まり急流へ、やがて川へと移ろうさま。大河では人が大地を耕す、呼び寄せる笛の音は塩入さんのシンセ?(多重演奏技です。すごっ)文明が開けていくのよね。世界の大河がそうであったように。無邪気に子供たちが川遊びではしゃぐ映像がとても温かい。笑い声がきこえてくるようでした。
バックではずーっと川のせせらぎが流れ母が歌う子守唄のように語っていました。
火〜Fire Spirit〜楯直己
楯さんの縦笛から。日本の奥ゆかしい響き。でも火祭り前の静けさなのか。ピアノが不穏な低音で忍び寄る。そこから火の宴が厳かに始まる。楯さんはまあるいギター?のような楽器を奏でホーミーが唱われる。ディジュリドゥも憑かれたように唱える。唱えはボッボッツボッとリズミカルに火を焚き付ける音に聴こえたところがあり炎が上がるよう。そう金管楽器な音色で煽る。火祭りは最高潮、ステージも赤く染まりスクリーンには赤の輪が幾重にも広がっていた。
皆さん金縛りにあったような身動きできずな姿勢のままポカーン。
KNOBさんのMCでひと呼吸
ディジュリドゥという楽器の説明。オーストラリアの楽器でシロアリが食べて空洞になったユーカリの木であると。 これからの曲、金は鉱物を表現するとのお話。石の笛で演奏します。海に落ちていた自然の石とのことです。
金〜Healing Stone〜 KNOB/塩入俊哉
海に落ちていた石から何故にこんなにも柔らかで高く澄んだ音色がでるのでしょう。
呼吸の長さに人が吹いているというより鳴らしているんじゃない?な繊細さ。ピアノの穏やかで大海に身を委ねているゆったりとした音色には心の底に抱えている悲哀をそっとつつむ優しさ、切なさ、はかなさを聴き、そこに余計なことは一切言わず一息で吹き渡らせるKNOBさんの石笛の流線型の音色が美しい残音の弧を描いていった。思わず溢れ出しそうになる涙を切なさをディジュリドゥががっつり捉え、木と石が心の深層を癒す音色との出逢いであると感じずにはいられなかった。
じーんとする私に。間髪入れずに ドン!
楯さんが叩く太鼓の音に、心臓が飛び上がったぁ。いやん びっくりするでしょ。
土〜〜Earth Awake〜 KNOB/楯直己
もっとびっくりはディジュリドゥが喋ってる!? 続く楯さんの小太鼓の細やかなリズムに合わせておしゃべりしているのよ。私は端の席でしたのでKNOBさんの口元が見えまして、吹きながらも自在に動かす口元を凝視してしまいました。早いテンポでディジュリドゥは唱う、お経を唱える?今度はシンセに変わったかと耳を疑いました。おっとホントのシンセで鋭い音を入れる塩入さんの音も斬新。さらにアコーディオンでメロディを奏でれば小太鼓も急激に速度を増しディジュリドゥはノリにのって立ち上がっての演奏へ。高々と吹き上げるお姿と響きが本当に楽し気に奏で笑っているかのようにも聴こえ、このような音色をどなたが想像したことでしょう。さらにトリオ演奏はもの凄いことになって終結、唖然。鳥肌もの。
大胆で清々しい吹きっぷりに、
…単純に地球で生きている事が楽しい〜〜っと思う短絡的なワタクシでした。
あぁすごかった。呼吸を落ち着けて。

さて第二部は。KNOBさん紋付袴でご登場。素敵です背筋も伸びます。ステージ前方におかれた灯籠が雅。
1.龍神:龍の年を寿ぎ、龍の御働きが瑞々しく清らかにあらわれますように 龍神の祝詞を木の響きにこめて 神聖な気が流れていきます。
KNOBさんの祝詞が声で語られ。ディジュリドゥのソロは神社での奉納演奏を思い、魂に捧げているのと聴いていました。一途な音の揺るぎなさに身を委ねていると凛々しい気品が備わっていきます。
KNOBさんのMCで感じる日本語の丁寧な言葉遣い、滑らかな口調もその由縁でもあると聴き入りました。
2.古事記交響曲
タイトルから前代未聞な世界です。 古事記をまず詩吟のように唱うKNOBさんに、楯さんはホース?をアタマの上でまわして幻想的な風の音?をおくる。抑揚はあれど平な語りに、この効果音で遠近感がすごく出ていると聴く。遠近感をよりその時代へ引寄せていく音がシンセでぞわぞわと繋がっていけば(さりげない見事な融合〜♪ワタクシこういう瞬間にぞくぞくしています)高い笛の音が響き渡る。ノスタルジックな空気を醸し出し、KNOBさんの語りが滑らかに熱を帯びていくのが感じられます。ピアノに変わった演奏にディジュリドゥが唱う。どこにもない幽玄の世界。
古事記を語る声を息をも殺して聴き入る私に再度ディジュリドゥの響きの繰り返し(微妙に変化しながらと思います)。そのニュアンスはゆっくりでも緻密で芳醇な気。低音=原始の基礎に歴史という正確な音のピラミッドが築かれていくのだ。ディジュリドゥが原始の魂の響きで古事記と共鳴させることは単に古事記の時代再現ではなく、多彩な音のピラミッドが現代を映す鏡で新しいスタイルを築き上げている。ここに大きな意味があると思う。言葉に対する新しい感覚、それに相応しい音楽のリアリティがなければ成り立たない、再現に留まらない拡がる世界。これ以上の味わいは想像つきません。映像にも同じことが言えると思います。時代が深ければ深いほど緻密で正確なピラミッドを築き上げねば簡単に壊れます。
スゴいなと私達が感じる気は主演の皆様も判ってらして、私にはなんだか女人禁制なイメージが沸いて、入れない世界を思いました。 こんな感覚初めてでした。
MCで幽玄の時をすこし抜けられて、
5 空 色
楯さんもディジュリドゥを吹かれるとのことで競演です。楯さんが中音、KNOBさんが低音。途切れない音にリズムが生まれているのよ。そしてどんな音で塩入さんが参入してくるのかしらと楽しみでもあり、唱え合う響きに馴染むさりげなさでヒーリングの世界へ誘ってくださいました。
マントラ、言葉の響きそのものを生かす癒しが体中をすんなりと巡る感覚が不思議でした。
6 漂泊の旅路
塩入さんの作品ですね。楯さんが歌われ、言葉の世界と響きの世界の合体。ディジュリドゥで始まる響きが他では聴けないもの、最初に聴いたカルチャーショックに似た驚きは心にひたひたと迫り残響の先までを聴いているワタクシが居ました。そして流れるピアノの旋律に楯さんの歌。すっと響くディジュリドゥ、石笛は単色でありながら、泣く、慈しむ、声に変わり、感傷のニュアンスをはっきり打ち出す音色である感動を覚えました。
KNOBさんが強く語る声と響きの一途さが現代の音楽の美しいフォルムの中で原始の音が今、魂を得て音楽で息づいている見事な融合に震えがとまりませんでした。
ブラボーって立つ感激を越える、まさに震えでした。

思えば私が聴き馴染んでいる曲はこの漂泊の旅路♪のみ。他曲はお初。お客さまは全曲が初めてだったのかもしれない。ならば、全くの新曲で総て構成された、挑戦とも言えるコンサートの演目。
勇気ある独創的な音の表現に私は息を呑み魂まるごと揺さぶられた。
観客を身動きできない程に魅了していた。

響きだけで語れる、語り合える世界があるのね。
神社寺院で魂に向けて演奏することが多いとお話なされたKNOBさん、このコンサートは紛れも無く私達の心と魂へ一途に向けてくださっている音色と感じ入り、有り難さでいっぱいになりました。

コンサート前プログラムをHPで読ませていただいた時、木、火…の文字に過去に読んだ本、陰陽五行説による癒しの音楽を想像していました。理解もしていない分野ですが。
魂の底から揺さぶる大地の音ディジュリドゥが陰ならば、塩入さんのピアノ、楯さんの歌Percは陽。さらにKNOBさんの音楽が原始の響きの陰ならば塩入さん楯さんは現代の陽。
陰と陽が一緒になることはない要素が木、火、土、水、金という五行、今回は自然のエレメントとして変化していく音色を森羅万象に当てはめていく音楽。 この成り立ちにも注目したいですし、聴き馴染んでいる楽器や歌声に伴奏は当たり前で(もちろん技術あってです)でもディジュリドゥは 低音域の深く単一な音は素人ながらも、他の楽器とセッションすることはとてもむずかしいのではと気付くのです。
陰と陽の融合をマジックの如くさりげなくこなし、音響的追求の究極の面白さが対比とも思われる塩入さんのピアノとシンセ他、楯さんの多彩な音色、その高度な音楽性が構築の中で見事に融和し、ディジュリドゥを核にそれぞれがくっきりと描きだされていた。 尊重しあう音がここに在り。
きっとお二人はいい音楽が奏でられたと満足でしょうが、私は特記したい。低音楽器を支えサポートとしての立場を弁えながら曲の流れ、構成を演奏し自身の音も交えて最高のニュアンスを作るセンスを持ち合せている音楽家がどれだけいるでしょう。塩入さんの音楽性は比類なきものとまたしても思うワタクシでした。

締めくくりに
即興演奏でしたの??ホントにホントっ???

ありがとうございました。
takako.