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10月19日sat,
観月の会@薬師寺東京別院
奉納演奏:Infinity Arts MUGEN
Member:KNOB(デジュリドゥ・石笛・祝詞)塩入俊哉(piano.synth)楯 直己(perc.ヴォイス)
演目
月宮殿
お月さまにて舞踊る白衣 黒衣の天人たちに感謝をこめて
瑠璃光
瑠璃色の光を生み、すべてを再生し育んでくださる薬師瑠璃光如来さまへ
Zipang〜岩戸開き〜
出雲大社と伊勢神宮の遷御の儀も無事に執り行われました。
地球の真なる世界がこの今に 今ここから
歓喜之光
愛に満ちた光に満ちた喜びに満ちた今でありますように、、、

アンコール
昴 作詞・曲 谷村新司 ヴォイス:楯 直己

19:00〜20:00

”雨ニモマケズ

ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ”(原文より)

takako.
 

○●○●○●○●○○●○●○●○●○○●○●○●○●○○●○●○●○●○
つるべ落としで暮れて行く秋の日。
お寺を探しながら、はやどっぷり暗い路地を迷っていますと、風に乗って揺れる”しゃらららら〜〜ん”の微かな音をキャッチ。
(あっ、オモチャ屋さんの音色!(楯さんのパーカッションね))
見上げるそこが薬師寺でした。あぁよかったぁ。
お寺は満員のお客様。
法話が終わり、屋外の客席は埋まっていました。

「月宮殿
 お月さまにて舞踊る白衣 黒衣の天人たちに感謝をこめて」
KNOBさんの石笛が白衣黒衣の天人が踊る月のステージへ合図を送った。
今夜の石笛の音色はいつもと同じストレートだが柔らかい。雨上がりの湿気がそうさせるの?いいえ刺激は控え目、雨を降らせないでねと穏やかに。
ピアノが闇の帳を上げ、宇宙的煌めく音色が一体一体へと生命を吹きこんでいくよう、柔らかな陽光を浴び起き上がっていく生命体を想う、石笛が確かな目覚めを知らせ、波の音色は生命が地上へ降りて来た音、天空でのピアノと地上のVoice&笛の月上響宴である。KNOBさんが祝詞を語られ、デジュリドゥもお祝いに駆けつける。流れは穏やかでも、そのバランス=均衡性の安定は私達の心を充分に広げ、受け入れ体勢OK〜集中しちゃう魅力に満ちている。
曲説の『お月さまにて…』は宇宙ですよね、ならば"シンセ"でと思うのが普通(笑)。ではなくピアノが創る世界であったことも忘れてはいない。KNOBさん、楯さんの奏でる響きと草笛??かなぁVoiceの特性を私たちにまずは印象付け、生かしつつ旋律の受け渡しを細やかに導いている。シンプルさにすっと乗っているけれども丹念に折り込まれる響きのグラデーションが移ろっていく流れは響き対話のようでもあり、前半の宇宙とつづく肉声部の対話表現と相まって、一曲のなかにユートピアと月に照らしだされた現実の世界を見ている幻想がありました。
月より舞い降りてきた光は鈴の音。に、導かれて
「瑠璃光七色の個性を聴く、
 瑠璃色の光を生み、すべてを再生し育んでくださる薬師瑠璃光如来さまへ」
シンセ?なんだかわからなくつづくファンタジックな音は(スミマセン)如来さまを射し続ける来光かしら。風の音へ混じっていく、コラ(弦楽器)の繊細な響きに再生を、VoiceとKNOBさんの特殊な呼吸法で途切れないデジュリドゥが呪文を唱えている。シンセは唱える呪文を光の風でずっと照らしても揺らしてもいるよう。一曲目と違うこの曲、楯さんの詠いには称えつつも如来へ吐露したい苦や邪念の思いが迸っていて胸に迫る。でもKNOBさん楯さん塩入さんのバランスはみっちりでなく、音の積み重なりの間に肉声部の空気を含み、ファンタジックシンフォニーとで絶妙のハーモニーが生まれている。
幽玄この上ない情感があぁどこへ行ってしまうのでしょう〜な気を生んでいました。

一呼吸。ここでホントの人間のお話で我に返りました。
KNOBさんの楽器と呼吸のお話に和みました。

「Zipang〜岩戸開き〜
 出雲大社と伊勢神宮の遷御の儀も無事に執り行われました」
地球の真なる世界がこの今に 今ここから
祝詞を語られるKNOBさんの声。ご遷宮の儀式に参加している気分になりました(モチロン存じませぬが)
楯さんが頭上でホース(ではないと思われますが)をクルクルまわし風を起すと、周りの樹木(竹でしょうか)も揺れるのですよ。背筋にぞぞっと走るものが(笑)そして奏でられるファンタジックシンフォニーをBGMに古事記を(と思いますが)暗唱なされた語り。まず単純にKNOBさんの素敵な声に痺れました。さて、BGM的なシンフォニーは笛とピアノが和の調べへと展開し、ディジュリドゥが単なる楽しい宴ではない、心がびりびりと振動し奥底に渦巻く聖も悪も混沌とした不夜城へと放りこまれた深い音感覚。語りは岩戸開きへ。口調はあくまでも真面目で(演奏は不真面目と申すのではなく)正統ですが熱を帯びていき、コワいもの(自分の心)見たさに扉を開けてしまったワタクシ。古代を称え、ここには人間の根源的な聖と邪悪な心の両面を包含しつつ芸術性を持って昇華させている、オリジナルな古事記の世界を響きとで語られていると感じました。
シンフォニーではない、この構成は協奏曲。ディジュリドゥ or KNOB コンチェルトです。
IAM一期一会の響きあいが紡ぐカオス(超越する無限)の中から生まれる新しい解釈を体感し、開かれた扉の向こうに居りました。
スゴイ。の一言。
私は屋外のお席は埋まってしまっていましたので、お座敷の方で聴かせていただいておりましたが、お座敷側ではイスから立ち上がり覗き込むかのよう見入っている方が大勢おられました。


「冷えてきましたね、ラストは元気になるような曲」とKNOBさんがお話なされて。
「歓喜之光
 愛に満ちた光に満ちた喜びに満ちた今でありますように、、、」
ディジュリドゥが強烈に熱く歌います。それも循環呼吸にリズムが明確に刻まれて。ディジュリドゥは響きが大きいほど音色も独特なので、セッションする楽器によっては、ましてやピアノ、Per、コラ、笛など繊細な響きとの共演では頭でっかちで不格好な曲となってしまいがちだと気づく。もちろん今まで微塵も感じた事はなく(これもIAM大きな特性であるとも思う)とても嬉しそうに伸び伸び歌っている驚き。太鼓もリズミカルにワハハン〜っと笑うし、シンセのファンタジックな響きも華やかな音色で単一な鳴り物に響きの空間を広げる明るさを増し、ディジュリドゥの肉声にもワイルドなノリの感性が加わり、次第に早まっていく(ように聴こえた)セッション、軽快なリズムにぴったり合ってぞっくぞく、カッコイイ〜〜♪
この弾むファンキーなリズムは現代、しかもIAMの皆さんがご活躍しているフィールドに流れている自然な体感と思う。まって。原始の時代の鼓動でもあったのかとも馳せる。今までの精神性の強い楽曲とは画した分野がまたまた一つとなって生まれる楽しさが嬉しくて堪らない。
即興演奏とは信じられないくらいの調和で繋がっていき、主役を入れ替えお一人お一人の個性もくっきりと主張しながらの一曲一曲毎がまるで異なる世界を積み上げている驚き。
予定調和ではない三人が交わすインスピレーションでつないでいく響きにはゴツさ、くどさ、荒さ、押し付けがまさを微塵も感じない。主張しあいながら、色々な楽器、声が純粋なエネルギーを放出しきれる、なにか、こんこんと湧き上がっていく泉のよう。そのフレッシュな音楽の波動が隅々まで行き渡っていく充実感で私たちを昂揚させる。
カオスじゃ!

ラストでのカンカンとなる拍子木の乾いた音が消えていく…
法話で聞かせていただいた、日光、月光菩薩像が浮かんできました(実像は奈良ですね)
柔和な表情でお医者様な薬師瑠璃光如来座像に寄り添う二体の像。
苦しみを太陽の光で消し、慈しみの眼差しで優しく包む。
台座は蓮であると思う。
つらいこと悲しいこと 泥水を吸い上げて負の部分多いほど大輪の花を咲かせる
憂いや歓びを奏でながら その時々を愛おしみ
そこから
神秘を孕み 気高く 美しい唯一無二の響きの世界が聴こえた。 

薬師寺を探しながらキャッチした音色は、日光月光菩薩がまとわれている白衣黒衣、衣擦れのお導きであったのかも。 

雨ニモマケズ
雨が止んでいる天上から風に乗って尊い言葉とお経が降りてくる気が残っているのを感じながら後にしました。

ありがとうございました。

IAMコンチェルト(勝手に)のオリジナリティーに拘りたく、アンコールの昴は記載のみとしました。
takako.10.25.